尖閣諸島問題を分かりやすく説明するから覚えておこう

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今回の分かりやすくコーナーは、尖閣諸島について触れていこうと思います。

日韓と米中のニュースに影を潜めていますが、というか当たり前になって感覚がマヒしてきているのか。

2019年の今年に入って中国公船が連日のように尖閣周辺の領海を侵入しています。

ドローンを飛ばして撮影し、国営テレビで放送しているそうですよ。

「我が国の海域で日本が海警を追い出している」って。習近平政権お得意の世論統制ですね。

国民がどの程度信じているのか分かりませんが、日本に対して不信感を持つ中国人は少なくないでしょう。

そんなねつ造された情報に反論できるように、尖閣諸島の真実を簡単に説明していきます。

尖閣諸島の場所

出典:尖閣諸島 | 外務省

尖閣諸島は東シナ海の南西部にある魚釣島、北小島、南小島、久場島、大正島、また周辺の岩礁で構成される島群。

画像左上の所在地図で見ると、「東京-福岡」と「福岡-尖閣諸島」が同じ距離に見える。

台湾の方が近いやんけ!と思った人は詳細地図をよーく見て下さい。

魚釣島に一番近いのは与那国島、日本の最西端の島が尖閣諸島まで150km。

列島国である日本の利とでもいうのでしょうか、尖閣諸島に一番近い国は紛れもなく日本ということですね。

なお、地理的な近接性が領有権の根拠とはなりません(豆知識)

尖閣諸島の歴史

3行で簡単に知りたい人
  1. 尖閣諸島は明治時代から日本の領土だった
  2. 戦後、国連が「尖閣諸島周辺に石油が大量にある」と発表
  3. 台湾と中国が領土を主張しだした

簡単過ぎて物足りない人は順を追って読んで下さい。

日本政府は1895年(明治28年)1月14日に閣議決定を行って、尖閣諸島を正式に日本の領土に編入。

大前提として、尖閣諸島が他国のものではないか何度も現地調査を行っています。

諸外国はもちろん中国(当時は清)にも尖閣諸島が無主であることを確認。

「先占の法理」という国際法上のルールと合致したやり方ですね。当然、中国から領有権の主張はありません。

翌年1896年、沖縄県に住む古賀辰四郎が政府から土地を借りて尖閣諸島を開拓。

古賀辰四郎

↑写真慣れしていない感じの古賀辰四郎さん。唯一残っている写真だそうです。

アホウドリの捕獲、海産物の生産など色々な事業を展開し、移民総数が最盛期で248名・99戸に及んだと記されています。

開拓当時の魚釣島の様子

事業は魚釣島だけでなく、久場島・北小島・南小島においても展開されました。

特にかつお節業が盛んで、息子の古賀善次が引き継いだ事業は太平洋戦争が激しくなるまで続きます。

古賀善次(中央)と古賀村の人々

ちなみに古賀善次は国から尖閣4島を買い取り、1932年から私有地になっています。

かつお節で島を買い取るほど儲かるとはね。

1940年、古賀善次は事業継続を断念。

第二次世界大戦の激化により油の配給などが途絶えたため、古賀家と従業員は尖閣諸島を引き揚げます。

それ以降、尖閣諸島は無人島となりましたが、古賀家は固定資産税を払い続けていたので土地の所有権は認められていました。

その証拠に、敗戦後、久場島を軍用地に指定した米軍と地料契約を結んでいます(1958年)。

ちなみに善次(ぜんじ)という名前だけど長男で、父の古賀”辰四郎”は三男です。

全くもってどうでもいいんですけどね。

1969年、国連調査団(ECAFE)が「尖閣諸島近辺に石油が埋蔵」と報告書を提出。

海洋調査では、尖閣諸島周辺に推定1,095億バレルという大量の石油が埋まっている可能性があるそうです。

1,095億バレルって聞いてもピンときませんね、イラクの埋蔵量に匹敵する量とのこと。

エネルギー問題が全て解決じゃん、という訳ではありませんが石油産業だけで国が成り立つレベル。

(1994年には30億バレルと大幅に下方修正されます)

1971年、初めて台湾と中国が領有権を主張。

1971年6月、まず台湾が領有権の主張。

「ちょwおまww」と少し遅れて同年の12月、中国も領有権の主張を始めます。

当時の佐藤首相に試掘を断られた米国の石油メジャー会社がそそのかしたとの噂もありますが、

節操が無いなぁって。

2012年、尖閣諸島が再び国有化

古賀家が1970年代に尖閣諸島を譲渡した先が、当時話題になった埼玉にある栗原家。

古賀善次と妻の墓は地元沖縄ではなく、栗原家代々の墓所がある埼玉県にあるそうです。

よほど馬が合ったのか詳細を知る人はいませんが、相当深い結びつきがあったようですね。

そして、石原慎太郎都知事が募金を集って尖閣諸島を東京都で購入すると明らかにしたのが2012年4月。

覚えている人も多いのではないでしょうか。

極右と評される石原都知事が「島に船だまりを作り日本の有効支配を確たるものにするため」と言ったものだから中国は猛反発。

当時民主政権だった日本政府が、平穏かつ安定的に管理すという目的で2012年9月11日に国有化されます。

東京都に売却する時の栗原弘行の理由が

「政府に買い上げてもらいたいが、今の政府は信用できない」

民主政権を批判したのは実に痛快でした。

ちなみに、2012年の国有化以降、中国による領海侵犯の回数は年に1~2回だったものが毎年100回くらいになりました

尖閣諸島の真実に関する参考資料

 

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